イグサは敷いても食べても 浸かっても健康な天然素材です

北九州市立大学国際環境工学部助教授 森田 洋(農学博士)

イグサとは

畳の原材料として約1100年以上前より用いられているい草はJUNCUS(ジュンカス)属に分類される多年草の宿根性草本であります。 JUNCUSはラテン語で「結ぶ」という意味があるように、JUNCUS属の植物は硬くて弾力性に富んでいます。 原材料はインドであり、シルクロードを経て朝鮮半島に入り、日本に伝わったといわれています。 日本では北海道から沖縄まで全土にわたり自生しており、イグサの茎中の芯は油をよく吸い上げる性質を持つために、日本では古来より、行灯の灯心として用いられていました。 このためイグサのことを、燈心草(トウシンソウ)とも呼ばれています。

イグサは昔薬草であった。

イグサは日本最古の本草書である本草和名(918年,深江輔 仁)にも記載され,日本最古の医書である医心方(984年,丹波康頼)では薬草としての記述があります。更に江戸時代に編纂された百科辞典である和漢三才図会 (1712年,寺島良安)や薬草が記載されている本草綱目啓蒙(1803年,小野蘭 山)においても,イグサの薬草としての歴史を紐解くことができます。和漢三才図会 によると,イグサを細かくすりおろして灯心部分だけを取り出し,これを煎じ て飲むことにより感染による炎症を抑え,水腫改善に効果があるとの記述があり ます。また焼いて灰にしたものを飲用することで,喉の疾患を和らげるとの記述 もあります。江戸幕府の医療施設であった小石川養生所(現小石川植物園)にも イグサが標本植物として栽培されており,このような事実をあわせても江戸時代 まではイグサを薬草として使用していたことが示唆されます。

イグサには抗菌作用があります。

イグサは腸管出血性大腸菌O157,サルモネラ菌,黄色ブドウ球 菌などの食中毒バチルス菌,ミクロコッカス菌などの腐敗細菌に対して抗菌作用 のあることが明らかとなっています(2002年に防菌防黴学会誌で発表)。 このような事実からも畳は天然の抗菌素材といえます。最近の研究では肺炎の原因となるレジオネラ菌に対しても抗菌作用が認められました。このような成果から,八 代市内の宿泊施設ではイグサを細かく砕いて袋詰めにし,浴槽中に浮かべること で「いぐさ風呂」の運用も始まっています。お風呂にイグサを入れると、肌がス ベスベする効果もあり,イグサの畳以外での利用も進んでいます。また古い文献 にはイグサが炎症,切り傷,打撲の改善にも寄与するとも書かれています。

イグサは足の臭いが軽減する効果も期待されています。

足の臭いの原因には大きく2つあるといわれています。1つは 汗腺・皮脂腺から発するアンモニア。そしてもう1つが足に付着している微生物 群の増殖で発生する腐敗臭であります。私たちの大学では足から,この微生物を取り出 し,わずか2%のイグサの抽出液を加えたところ,微生物群の増殖を抑える 作用について発見しました。まだ詳細な検討は今後の課題ですが,イグサは足の微生物 に対しても抗菌効果が認められたことから,畳で足の臭いも軽減できるのではと現在研究に取り組んでいます。

(イグサの足臭微生物群に対する抗菌作用:左はイグサ2%添加の もの,右はイグサ無添加のもの。写真右の白い部分が微生物。イグサを添加したものは 抗菌作用を有していたため微生物が生えていないことがわかる。)(出典:北九州市立大学森田研究室)

イグサのスポンジ構造は様々な有害物質を吸着します。

イグサの茎断面図を電子顕微鏡(SEM)により観察したものを 下に示しました。イグサが他の植物に比べて,特徴的である部分は髄部の構造であり ます。イグサの髄部は白色多孔の弾力性に富む星状細胞からなる海綿組織が多数存在しています。これが灯心といわれる部分であります。このような「スポン ジ」のようにふんわりしたイグサの中心構造が畳に弾力性をもたらしています。またイグサはパルプやウールに比べて,二酸化窒素やシックハウスの原因となるホルムアルデヒドの吸着能に優れています。例えばコップにタバコの 煙を入れて,片方のコップにはイグサを入れて,もう片方のコップにはイグサを 入れずにしばらく置くと,イグサを入れたコップのタバコ臭は殆どなくなります。更にイグサを粉末にして,烏龍茶や焼酎に入れることで不純物質を取り除き,飲みやすくなるという報告もあります。これらは全てイグサの「スポンジ構造」によるものです。 私たちの環境には様々な有害物質がありますが,畳はこれらの物質を取り除いてくれるすばらしい効果があるのです。また,国産イグサと中国産イグサの写真を比較したところ,中国産イグサの表皮は非常に壊れやすいことが写真を見てもわかると思います。中国産は国産に比べて安価ですが,丈夫で長持ちするという点では,国産のほうが優れているのかも知れません。

イグサのリラックス効果をもたらす成分はフィトン,バニリン

畳の一番の効果といえば、リラックス効果かも知れません。畳の部屋にいると落ち着くという声を多く聞きます。森林浴が気持ち良いように、緑がいっぱいの作物であるイグサにも同じ効果が期待されます。つまり「室内で森林浴」気分が味わえるということです。この森林浴の際に、たくさん空気中に放出されるのがフィトンという物質です。またそれだけでしたら、室内に観葉植物を置くことでも代用できますが、実は特徴的な成分がイグサには含まれています。それがバニリンです。バニリンという言葉は馴染みがないかも知れませんが、バニラエッセンスといえばわかるでしょうか。お菓子を作るときなどに数滴入れるものです。このバニリンという成分がイグサのリラックス効果をもたらす一つの成分となっています。

※フィトンチッド(Phytoncide)とはロシア語で、フィトンは植物、チッドは生物を殺すという意味で、植物に侵入しようとする有害な微生物(菌、細菌)から身を守るため植物自身が放出している物質です。畳の部屋にいると森林浴のように気持ち良いといわれるのは、森の沢山の植物から放出されるフィトンチッドが消臭や脱臭効果を持ち空気を浄化するからだといわれています。森で動物の死骸や糞などの臭気が気にならないのもフィトンチッドの微生物を殺す成分のためです。そしてい草に含まれるもう一つの成分、バニラの香である主成分のバニリン(vanillin) がリラックス効果をもたらせます。

フィトンチッドは脳のα波の発生を促し、精神を安定させ、呼吸を正常に整え、交感神経の興奮を抑え不眠を解消し、快眠をもたらす、肝機能を改善するなどの効果があることも知られています。バニリンはバニラの他に梅干しにも含まれておりダイエット肥満予防に効果的ともあります。

イグサは健康食品としても注目されています。

い草は健康食品としても注目されています。最近では,イグサは畳だけでなく,食用としての利用も積極的に進められています。先にも述べたように,イグサは薬草として江戸時代あたりまでは用いられていたものですから,それを食用に利用しても不思議な話ではありません。イグサは約63%が食物繊維で,ミネラルたっぷりの作物です。この食物繊維の量は他の野菜類と比べても非常に高い値です。

イグサを食べると便通・ウエストの減少傾向も認められます。

い草を食べると便通・ウエストの減少傾向も認められます。九州国際大学付属高校女子部(北九州市)の学生さんたちに協力してもらって,イグサの摂取による排便回数、身体計測、血液検査の影響について調査を行ないました。朝昼晩の食後に1.5 gずつ(4.5 g/day)イグサを摂取してもらい,2週間続けました。その結果,排便回数は平均0.7回から1.5回に増加し,平均で1日1回を下回っていた被験者の排便回数が、イグサの摂取により平均で1日1回を超えるようになりました。また,ウエストは被験者の殆どで減少が見られ,平均4.6 cmの減少でした。便通の改善が腸内滞留時間を短くして,ウエストが減少しているものと考えられます。これらの成果は健康・栄養食品研究という学術誌で2006年に発表しました。

イグサは「敷いても健康,食べても健康,浸かっても健康」な農作物であります。是非皆さんも1000年以上の歴史をもつイグサをもう一度見直し,日本を代表する農作物として愛していってほしいと切に願っています。